電波の基礎|無料の教科書
電波の基礎 — 電界・磁界からマクスウェルの方程式まで
スマホもGPSも放送も、すべて「電波」で動いている。しかし電波は目に見えず、手で触れられない。この教科書は、電波とは結局なにが伝わっているのかを、電界と磁界というふたつの主役から積み上げて説明する。読み終えたとき、無線工学に登場する c=3×10⁸ m/s、λ=300/f、120π といった数字が、暗記ではなく1本の物語の帰結として見えるようになる。
第1章 電波とはなにか
まず「波」から始める。池に石を投げると波紋が広がるが、水そのものが岸まで移動するわけではない。水面の上下の「揺れ」が隣へ隣へと伝わっていく。音も同じで、空気の圧力の揺れが伝わる現象であり、空気が耳まで飛んでくるわけではない。波とは、物質の移動ではなく状態の変化が伝わる現象である。
波を特徴づける量は少ない。1秒間に繰り返す回数が周波数 f[Hz]、1回の繰り返しが空間に占める長さが波長 λ[m]、揺れの大きさが振幅である。この3つで波はほぼ記述できる。
波は1回の繰り返し(1周期)で1波長ぶん進む。1秒間にf回繰り返すのだから、1秒間に進む距離、つまり波の速さは f×λ になる。
伝わる速さ = 1秒あたりの繰り返し回数 × 1回ぶんの長さ。電波の速さcは真空中で約3.0×10⁸ m/s(秒速30万km)。
ここで水面波・音波と電波の決定的な違いに触れる。水面波には水が、音には空気が必要で、揺らす相手(媒質)が無ければ伝わらない。ところが電波は真空を伝わる。宇宙探査機の信号が何もない空間を何億kmも越えて届くのはこのためだ。では、媒質が無いのに「何が」揺れているのか。その答えが、次章から説明する電界と磁界である。
周波数帯の地図(波長が変わると使い道が変わる)
- LF(30〜300kHz): 電波時計の標準電波など。波長は数km
- MF(300kHz〜3MHz): AMラジオ。波長は数百m
- HF(3〜30MHz): 短波放送・遠距離通信。電離層で反射して地球の裏まで届く
- VHF(30〜300MHz): FM放送・航空無線。見通し距離の伝搬が主役になる
- UHF(300MHz〜3GHz): 地上デジタル放送・携帯電話・Wi-Fi。アンテナが小型化できる
- SHF(3〜30GHz): 衛星通信・レーダー・固定マイクロ波回線。一陸技の計算問題の主戦場
この表を、実際の設備の姿として見てみよう。同じ「電波」でありながら、帯が変わると設備の大きさがまるで違う。理由はただ1つ、λ=300/fで決まる波長そのものが違うからだ。アンテナの寸法は波長に比例するので、周波数が上がるほど設備は小さくなる。



第2章 電界 — 電荷がつくる場
下敷きをこすって髪に近づけると、触れていないのに髪が引き寄せられる。物体が電気(電荷)を帯びると、離れた電荷どうしの間に力が働く。この力(クーロン力)は、電荷が大きいほど強く、距離の2乗に反比例して弱くなる。
ここで物理学は見方を一段深める。「電荷Aが離れた電荷Bを直接引っ張る」と考える代わりに、「電荷Aはまず自分の周りの空間の性質を変える。Bはその場所の空間から力を受ける」と考える。この「変化した空間の状態」を場(フィールド)と呼び、電荷がつくる場が電界である。空間そのものが状態を持つ——この見方こそ、後で電波を理解する鍵になる。
電界の強さEは「その点に+1C(クーロン)の電荷を置いたときに受ける力」で定義され、単位はV/m(ボルト毎メートル)を使う。本アプリの電界強度シミュレータで計算する「電界強度○○mV/m」は、まさにこのEの大きさである。
電界のようすは電気力線という仮想的な線で描く。正電荷から出て負電荷へ入り、線が密な場所ほど電界が強い。ただし注意してほしいのは、静止した電荷がつくる電界(静電界)は時間的に一定で、そこから何も伝わっていかないことだ。動かない電荷は電波を出さない。電波にはまだ材料が足りない。
第3章 磁界 — 電流がつくる場
磁石のまわりに方位磁針を置くと針が振れる。磁石も空間の性質を変えている——これが磁界である。長いあいだ電気と磁気は別の現象と思われていたが、1820年にエルステッドが「電流を流した導線のそばで方位磁針が振れる」ことを発見し、電流が磁界をつくることが分かった。電気と磁気はここで初めてつながった。
直線電流のまわりの磁力線は、電流を中心とした同心円を描く。その向きは「右ねじを電流の向きに進めるとき、ねじを回す向き」で覚える(右ねじの法則)。磁界の強さHの単位はA/m(アンペア毎メートル)。媒質の影響まで含めた量として磁束密度 B = μH[T](テスラ)も使うが、試験の電波伝搬ではHで扱うことが多い。
磁力線には電気力線と違う著しい性質がある。始まりも終わりもなく、必ず閉じたループになることだ。N極だけ、S極だけを取り出すことには誰も成功していない(磁石を割っても両端にN・Sが現れる)。この事実は第5章でマクスウェルの方程式の1本として登場する。
そして電界のときと同じ注意がここでも成り立つ。一定の電流(直流)がつくる磁界は時間的に一定で、何も伝わっていかない。静止した電荷も、一定の電流も、電波を出さない。足りない材料は「変化」である。
第4章 変化が変化を生む — 電界と磁界の相互作用
1831年、ファラデーが電磁誘導を発見する。コイルに磁石を出し入れすると、電池が無いのに電流が流れる。磁石が止まっていれば何も起きない。つまり「磁界の変化」が、そのまわりに電界をつくる(その電界がコイルの電子を押して電流になる)。発電機はこの原理そのものである。
約30年後、マクスウェルが逆向きの矢印を付け加える。コンデンサに交流を流すと、極板の間は絶縁されていて電流が流れないのに、磁界は途切れずにつながっている。マクスウェルは「極板間で変化している電界が、電流と同じ資格で磁界をつくっている」と考え、これを変位電流と名づけた。すなわち「電界の変化」もまた磁界をつくる。
この2つを並べると、驚くべき可能性が見えてくる。電界が変化すると磁界が生まれ、その磁界も変化しているから今度は電界が生まれ、それがまた磁界を……。お互いがお互いを生み合う連鎖は、いったん始まると発生源の助けを借りずに自分で続いていく。そしてこの連鎖は同じ場所に留まらず、空間を一定の速さで進む。これが電磁波——電波の正体である。第1章の問い「媒質が無いのに何が揺れているのか」の答えは、空間の電界と磁界そのものだった。
連鎖の出発点をつくるのがアンテナである。導線に高周波の交流電流を流すと、電荷が高速で行き来し(=電荷が加速され)、周囲の電界と磁界が激しく揺さぶられる。この揺れが上の連鎖に乗って飛び出していく。静止した電荷や直流が電波を出さない理由も、これで一言で言える——変化が無いからだ。
飛んでいく電磁波の構造も決まっている。電界Eと磁界Hは互いに直角で、どちらも進行方向に直角(横波)。EとHは同じ位相で振動し、真空中ではその比が場所によらず一定になる。
この図で電界Eが縦に振動しているか横に振動しているかは、電波を扱ううえで決定的に重要な情報である。Eの振動方向を偏波(へんぱ)と呼び、大地に対して垂直なら垂直偏波、水平なら水平偏波という。ダイポールアンテナはエレメントと同じ向きの偏波を送受信するので、送信が垂直偏波なのに受信アンテナを水平に構えると信号はほとんど取り出せない(実際にも数十dBの損失になる)。テレビの受信アンテナに向きがあるのも、衛星通信が偏波を使い分けて同じ周波数で2回線を確保できるのも、この性質による。
電界と磁界の比は真空の性質(ε₀とμ₀)だけで決まる定数で、単位はオーム。「自由空間の波動インピーダンス」と呼ぶ。
第5章 マクスウェルの方程式の概観
ここまでの物語——電荷が電界をつくる、磁力線は必ず閉じる、磁界の変化が電界をつくる、電流と電界の変化が磁界をつくる——を、マクスウェルはたった4本の式に整理した。これがマクスウェルの方程式で、無線工学のすべてはこの4本から始まる。1本ずつ読み下していく(Dは電束密度=εE、Φは磁束、Ψは電束)。
【ガウスの法則】閉じた面を貫いて出ていく電気力線の総量は、面の中の電荷Qで決まる。電気力線は電荷から生まれる——第2章の内容。頭の∯は閉じた曲面の全体で足し合わせる閉曲面積分で、下2本の∮(閉じた曲線を一周する周回積分)とは数える対象が違う。
【磁気に関するガウスの法則】どんな閉じた面でも、入る磁力線と出る磁力線は必ず同数。磁力線に始点・終点は無く、単独のN極・S極(磁気単極子)は存在しない——第3章の内容。
【ファラデーの電磁誘導の法則】ループを貫く磁束Φが変化すると、ループに沿って電界の渦が生まれる。磁界の変化 → 電界——第4章の前半。
【アンペール・マクスウェルの法則】電流Iと、ループを貫く電束Ψの変化(変位電流)は、ループに沿って磁界の渦をつくる。電流も電界の変化も → 磁界——第4章の後半。マクスウェルが付け加えたのは第2項。
仕上げに、この4本(特に下の2本)を数学的に組み合わせると、電界と磁界が波として伝わることを表す方程式(波動方程式)が導かれ、その伝わる速さまで計算できてしまう。答えは真空の誘電率ε₀と透磁率μ₀だけで書ける。
電磁波の速さは真空の性質だけで決まる。値を計算すると秒速約30万km——当時すでに測られていた光の速さと一致した。
この一致からマクスウェルは「光は電磁波である」と見抜いた。電波・赤外線・可視光・X線はすべて同じ電磁波で、違いは周波数(波長)だけである。第1章の周波数帯の地図は、実はこの壮大なスペクトルの低周波側の一角を切り取ったものだった。
第6章 ここから試験と教材へ
この教科書で登場した3つの道具立てが、無線工学Bの全分野を貫いている。①c=3×10⁸ m/s とλ=300/f(すべての計算の起点)、②E/H=120π(電界強度・アンテナの式の骨格)、③「変化が空間を伝わる」という描像(伝搬・回折・反射のすべての土台)。ここから先は、この土台の上で「電波が距離や地形でどう弱まるか」を1つずつ体験していく段階になる。
次に進む教材
- 自由空間伝搬(無料): 何もない空間で電波が距離とともにどう弱まるか。すべての伝搬計算の基準
- 電界強度: この教科書の120πが実際の式に現れる。送信電力から受信点のE[V/m]を求める
- 見通し距離(無料): 地球が丸いことで生じる「電波の地平線」。等価地球半径という試験の定番
- マクスウェルの方程式 徹底解説(無料・深掘り編): 第5章の続き。∮の読み方から波動方程式の導出、光速と120πの由来まで(このページ下部から進める)
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ここから先は読むだけでは身につかない。シミュレータでパラメータを動かし、この教科書の式が目の前で効いてくるのを確かめてほしい。