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電波の基礎|深掘り編

マクスウェルの方程式 徹底解説 — 2つの質問で読む4本の式

「電波の基礎」の第5章では、マクスウェルの4本の式を1本ずつ読み下すところまで進んだ。この解説はその続きである。種明かしを先にすると、4本の式はバラバラの規則の寄せ集めではない。「閉じた面から湧き出すか?」「閉じたループで渦を巻くか?」——たった2つの質問を電界と磁界のそれぞれに尋ねた、答えの表にすぎない。この見取り図と、∮(閉曲線の周回積分)と∯(閉曲面積分)という記号の正体さえ手に入れば、4本はまとめて読めるようになる。最後には式を組み合わせて波動方程式を導き、机の上の電気実験の定数2つから光の速さそのものが出てくる瞬間まで案内する。

第1章 4本の式は「2つの質問」への答えである

マクスウェルの方程式が難しく見える最大の理由は、「4本の別々の式を覚えるもの」だと思ってしまうことにある。実際には、4本は同じ型の質問を2回ずつしているだけだ。質問A「閉じた面から、場は湧き出すか?」。質問B「閉じたループに沿って、場は渦を巻くか?」。この2つを電界と磁界のそれぞれに尋ねると、答えがちょうど4つ——それがマクスウェルの方程式の正体である。

2つの質問

  • 質問A(湧き出し): 閉じた面を貫いて、場は正味どれだけ外へ出ていくか? — 面を貫く量の勘定(閉曲面積分)
  • 質問B(循環): 閉じたループに沿って、場は正味どれだけ一周押すか? — 沿って押す量の勘定(閉曲線の線積分)
電界 E磁界 B質問A湧き出す?質問B渦を巻く?① 湧き出す源は電荷 Q(ガウス)② 湧き出さない常にゼロ(単極子なし)③ 渦を巻く磁束の変化で(ファラデー)④ 渦を巻く電流+電束の変化で2つの質問 × 2つの場 = 4本の式。この表が全体の地図
この解説の全体地図。{電界E, 磁界B(磁束密度)}×{湧き出すか, 渦を巻くか}の2×2の表を1マスずつ埋めていくと、4本の式が全部そろう。

この表を頭に入れたら、あとは各章で1マスずつ埋めていくだけでよい。ただしその前に、どの式にも登場する∮と∯——「閉じたループに沿って足し合わせよ」「閉じた曲面の全体で足し合わせよ」という2つの勘定のことば——を先に覚えてしまうのが近道だ。物理の前に、まず言葉から。

第2章 数式の言葉を先に覚える — ∮と∯は「勘定せよ」の指示

4本の式に顔を出す∮と∯は、どちらも「閉じたものの上を漏れなく足し合わせよ」という指示である。名前は仰々しいが、成り立ちを分解すると身構える必要がないことが分かる。土台の∫は足し合わせを表す積分記号で、もとは合計(sum)の頭文字Sを縦に引き伸ばした形だ。そこへ重ねた丸(○)が「閉じている」ことを表している。つまり∮も∯も、∫に「閉じている」という条件を書き足しただけの記号にすぎない。

2つの記号は、閉じているものが違う

  • ∮_C(周回積分・閉曲線の線積分): 閉じたループCに沿って一周ぶん足し合わせる。循環の勘定に使う
  • ∯_S(閉曲面積分): 閉じた曲面Sの全体で足し合わせる。湧き出し(フラックス)の勘定に使う。∫を2本重ねるのは、面が縦横の2方向へ広がっているからである

だから記号の意味は、素直に読むだけで出てくる。「閉じたループ(または閉じた曲面)を細かく刻み、各部分で決まった量を数え、漏れなく全部足し合わせよ」。牧場の柵を1本ずつ数えながら敷地を一周するのと同じ、地道な勘定にすぎない。難しいのは足し算ではなく、「何を数えるか」のほうである。そして数える対象は2種類しかない。

閉曲面積分: 貫く量の勘定周回積分: 沿う量の勘定出る=+入る=−かすめる=数えない一周の合計=循環
左: 閉曲面積分(∯)の勘定。閉曲面をタイルに刻み、各タイルを垂直に貫く成分だけを数える(出る=正、入る=負)。右: 周回積分(∮・閉曲線の線積分)の勘定。ループを区間に刻み、進む向きに沿う成分だけを数える。

1つ目は閉曲面積分——質問A「湧き出すか?」の勘定だ。閉じた曲面を小さなタイルに刻む。各タイルの上で、場のベクトルのうち「タイルを垂直に貫く成分」だけを取り出し、タイルの面積を掛ける。外向きに出るなら正、内向きに入るなら負。これを全タイルぶん足した合計が「湧き出し(フラックス)」である。斜めにかすめる成分は貫いていないので数えない——その選別をしているのが内積(・)だ。

読み方: 「閉じた曲面Sの全タイルについて、Dの面直成分×タイル面積を足し合わせよ」。dSが1枚のタイル、内積が「垂直に貫く成分だけ数える」係、∯が「閉じた曲面を漏れなく全部」の宣言。ループを一周する∮と混同しないよう、記号も名前も分けておく。

2つ目は周回積分(閉曲線の線積分)——質問B「渦を巻くか?」の勘定だ。今度は閉じたループを小さな区間に刻む。各区間で、場のベクトルのうち「進む向きに沿う成分」だけを取り出し、区間の長さを掛けて足す。合計が「循環(じゅんかん)」である。一周勘定してゼロでなければ、その場はループに沿って正味一周ぶん押している——つまり渦を巻いている。

読み方: 「閉じたループCの全区間について、Eの沿い成分×区間長を足し合わせよ」。∮は閉曲線を一周する周回積分で、∯の閉曲面積分とは数える対象が違う。この値が正なら、電荷をループに沿って一周押し続けられる——それは起電力そのものである。

第3章 湧き出しの2本 — ガウスの法則のペア

質問A「閉じた面から湧き出すか?」を、まず電界に尋ねる。答えは「湧き出す。その総量は、面の中にある電荷で決まる」。これが第1式、ガウスの法則である。

第2章の勘定で読む: 閉曲面から出ていく電束の総量は、面の中の電荷Qにちょうど等しい。重要なのは「面の形は何でもよい」こと。中身が同じなら、どんな形の袋で包んでも勘定は同じQになる。

「面の形は何でもよい」は、ただの注釈ではなく絶大な威力を持つ。点電荷Qのまわりに、中心を合わせて半径rの球面を張ってみよう。対称性から、電界は球面上のどこでも同じ強さで、面を垂直に貫くはずだ。すると面積分の勘定は「同じ値×球の表面積」の掛け算1回で終わってしまう。

クーロンの法則(電界が距離の2乗に反比例する)が、ガウスの法則から1行で出てきた。2乗で弱まる理由も明快になる: 同じ量の電束が、半径の2乗で広がる球面に薄く引き伸ばされるからである。

rガウス面(球)形は自由に選べるEはどこでも同じ強さで垂直に貫くε₀E×4πr² = Q
点電荷を球面で包む。対称性により電界は球面をどこでも同じ強さで垂直に貫くため、面積分が「E×表面積」の掛け算1回で済み、クーロンの法則が導かれる。

同じ質問を磁界に尋ねると、答えは素っ気ない。「湧き出さない。どんな閉曲面でも、勘定は必ずゼロ」。棒磁石を半分に割っても、N極だけの破片は手に入らない——切り口に必ず新しいSとNのペアが現れる。何回割っても同じだ。磁力線に始点や終点(=湧き出し口)は存在せず、必ず閉じたループを描く。

どんな閉曲面でも、入ってくる磁束と出ていく磁束は完全に相殺する。「単独の磁荷(磁気単極子)はこの宇宙で1個も見つかっていない」という実験事実の宣言であり、探索は現在も続いている。

第4章 渦をつくる磁界の変化 — ファラデーの法則

質問B「閉じたループに沿って渦を巻くか?」を電界に尋ねる。時間が止まったような静的な世界では、答えはノーだ。静電界の中で電荷をどんな経路で一周させても、押される量と押し戻される量が釣り合って勘定はゼロになる(だからこそ「電位」という高さの概念が定義できる)。ところが、ループを貫く磁束が変化した瞬間、答えが変わる。

ループを貫く磁束Φが変化すると、その変化率に等しい循環——電界の渦——が生まれる。左辺は第2章の勘定そのもので、この値が誘導起電力になる。導線があってもなくても、空間そのものに渦ができるのがポイント。

SN磁石を近づける磁束Φが増える誘導電流の渦(増加を妨げる向き)渦の向きは常に「変化への抵抗」= レンツの法則(式の−符号)
磁石をコイルへ近づけると、貫く磁束の増加を妨げる向きに電界の渦(誘導電流)が生まれる。遠ざければ逆向き。渦の向きが常に「変化への抵抗」になるのがレンツの法則。

右辺のマイナス符号がレンツの法則である。生まれる渦の向きは、必ず磁束の変化を妨げる向きになる。磁束が増えるなら打ち消す磁界を作る向きに、減るなら補う向きに。これはエネルギー保存の現れで、もし符号が逆(変化を助ける向き)だったら、変化が変化を呼んで勝手にエネルギーが増殖してしまう。

発電機は磁石とコイルの相対運動でdΦ/dtを作り続ける装置であり、変圧器は一次側の交流が作るdΦ/dtを二次側のループが受け取る装置であり、ICカードの非接触給電も同じ原理だ。試験でもe=−dΦ/dt(N回巻きならe=−N・dΦ/dt)として、無線工学の枠を超えて頻出する。

第5章 マクスウェルの一手 — コンデンサのパラドックスと変位電流

表の最後のマス。「磁界は渦を巻くか?」——アンペールの答えは「巻く。電流の周りに」(基礎編第3章の右ねじの法則)。勘定のことばで書くとこうなる。

修正前のアンペールの法則: ループCを貫く電流Iがあれば、Cに沿って磁界の循環が生まれる。定常電流(直流)の世界では完璧に正しい。しかしこの式には、マクスウェルだけが気づいた穴があった。

穴はコンデンサの充電で露わになる。ここで「ループを貫く電流」の勘定方法を思い出そう: ループに石けん膜のような面を張り、その膜を貫く電流を数えるのだった。そして膜の張り方は自由なはず——どう張っても同じループなのだから、答えは同じでなければならない。ところが、コンデンサへ向かう導線のまわりにループを描き、膜を平らに張ると導線が貫くので答えはI。膜を風船のように膨らませて極板の隙間を通すと、隙間に導線は無いので答えは0。同じループの磁界が、膜の張り方で変わってしまった。これは矛盾である。

電流 I極板電束Ψが増加中ループC膜1: 平ら → 貫く電流 I膜2: 膨らませて隙間を通す→ 貫く電流 0同じループなのに答えが違う? → dΨ/dt(変位電流)を数えれば両方一致する
同じループに張った2つの膜。平らな膜は導線に貫かれ(電流I)、膨らませた膜はコンデンサの隙間を通る(電流0)。修正前の法則では答えが食い違う——これがマクスウェルの見つけた矛盾。

マクスウェルの一手はこうだ。極板の隙間では、電荷が溜まりつつある——つまり極板間の電束Ψが増え続けている。「電束の時間変化dΨ/dtも、電流と同格に磁界の渦をつくる」と認めてしまえばどうか。平らな膜の勘定はI、膨らませた膜の勘定はdΨ/dt。コンデンサではこの2つがちょうど等しいので、どちらの膜でも答えが一致し、矛盾は消える。この付け足された項が変位電流である。

完成形のアンペール・マクスウェルの法則。導線の中では伝導電流Iが、導線の無い隙間や真空では電束の変化(変位電流)が、磁界の渦をつくる。つじつま合わせに見えたこの第2項が、次章で電波の存在そのものを予言する。

第6章 波動方程式への道 — 机の上の定数から光速が出る

仕上げに、この4本から電波を取り出そう。電荷も電流も無い真空(Q=0、I=0)では、湧き出しの2本はどちらも「ゼロ」になり、渦の2本だけがほとんど対称な形で残る: 磁界が変化すれば電界の渦、電界が変化すれば磁界の渦。この「お互いさま」の構造を、x方向へ進む平面波(Eはy方向、Bはz方向だけを向く)に限って微分の形で書き直すと、2本の短い式になる。

ファラデーの法則を、幅が無限に狭いループに適用した形。電界Eの空間的な傾き(となり同士の差)が、その場所の磁界Bの時間変化を決める。

アンペール・マクスウェルの法則(真空なのでI=0、変位電流だけが残る)を同様に書き直した形。磁界の空間的な傾きが、電界の時間変化を決める。2本が見事に対になっている。

あとは代数の一手だけだ。1本目をもう一度xで微分すると∂²E/∂x²と∂²B/∂x∂tが現れる。後者に2本目を代入してBを消去すれば、Eだけの式が残る。

波動方程式。この形の方程式の解は「形を保ったまま一定の速さで進む波」であることが知られていて、進む速さは係数からv=1/√(ε₀μ₀)と読み取れる。電界の波は、磁界の波を伴って、自走することが式の上で確定した。

① 真空 (Q=0, I=0)渦の2本だけが残る② 対称な2本Eの傾き⇄Bの変化③ Bを消去Eだけの波動方程式へ④ 速さが決まるv = 1/√(ε₀μ₀) = c机の上の定数 ε₀ と μ₀ から、光の速さ 2.998×10⁸ m/s が出てくる
導出の流れの4コマ。真空では渦の2本が対称になり、互いを生み合う連鎖が波動方程式にまとまり、係数から速さ1/√(ε₀μ₀)が読み取れる。

ではその速さを、実際に数値で確かめよう。ε₀(真空の誘電率)はコンデンサの実験で、μ₀(真空の透磁率)はコイルと力の実験で決まる定数——どちらも電波とは無関係の、机の上の電気実験の産物である。

ε₀=8.854×10⁻¹² F/m、μ₀=4π×10⁻⁷ H/mを代入すると、当時すでに測定されていた光の速さがそのまま現れる。マクスウェルはこの一致から「光は電磁波である」と結論した。物理学史でも屈指の瞬間である。

副産物がもう1つある。同じ導出の途中で、波の中の電界と磁界の比も決まってしまう。2本の対称な式が両立するには、EとHの大きさが勝手な組み合わせではいられないからだ。なお、ここまでBで進めてきた磁束密度は、B=μ₀Hの関係で磁界Hへ読み替えてから比を取る。

自由空間の波動インピーダンス。電界強度の教材や試験計算に頻出する120πは、この章の導出の副産物にすぎない。c=3×10⁸ m/s(λ=300/fの根拠)も120πも、出どころは同じ4本の式である。

第7章 もし1本ずつ消してみたら — 4本の式の役割

最後に、覚えた4本を逆から確かめる思考実験をしよう。1本ずつ式を消して、世界がどう壊れるかを見る。式の「役割」はこれがいちばん記憶に残る。

もしこの式が無かったら

  • 第1式(電気のガウス)が無い世界: 電荷があっても電界が生まれない。原子核と電子が結びつかず、物質も化学も、そもそも私たちも存在できない
  • 第2式が破れて磁気単極子がある世界: N極だけの粒子が存在し、磁荷の流れ(磁流)が生じる。物理学は実際にこの粒子を探し続けているが、いまだ1個も見つかっていない
  • 第3式(ファラデー)が無い世界: 磁石をどれだけ振り回しても電気は起きない。発電機も変圧器も非接触充電も存在せず、電力社会そのものが成立しない
  • 第4式の変位電流が無い世界: 電界と磁界が互いを生み合う連鎖が切れ、電波が存在しない。アンテナから何も飛ばず、このアプリの教材は全部消えてしまう

逆に言えば、4本が揃っているからこそ、送信機の電流の揺れが空間の連鎖となって飛び、あなたの端末に届く。このページを無線ネットワーク越しに読めているという事実そのものが、マクスウェルの方程式の日々更新され続ける実証実験なのである。

発展: 同じ4本の「微分形」という書き方。面やループを無限に小さく縮めた極限で、∇・は各点での湧き出し密度、∇×は各点での渦密度を表す——本ページの2つの質問を、空間の1点1点で問う記法である。大学の電磁気学はこの形で進む。

帰結が動くところを、自分の手で確かめる

c=3×10⁸ m/s も 120π も、ここまで読んだあなたにはもう暗記の数字ではない。シミュレータでパラメータを動かし、4本の式の帰結が目の前で効いてくるのを確かめてほしい。