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電波の基礎|深掘り編

送信から受信まで — 無線回線のなりたち

無線通信は、送信機が作った電力が空間を渡って受信機に届くまでの「電力の旅」である。携帯電話の通話も、テレビの放送も、衛星との通信も、骨組みは全部同じで、旅の途中に現れる段はどれも電力を増やすか減らすかのどちらかしかない。増やすのはアンテナの利得、減らすのは給電線の損失と、なにより空間そのものの減衰である。この講座は、送信電力がアンテナ利得を得てEIRPになり、自由空間で薄まりながら伝搬し、受信アンテナの面積で掬い取られて受信電力として取り出されるまでを、1本の線に沿って歩く。空間の減衰がなぜ距離の2乗で効くのか(球面拡散)、受信アンテナがなぜ「面積」で考えられるのか(実効開口面積)という2つの物理さえ持っていれば、フリスの伝達公式は暗記しなくても自力で組み立てられる。最後に7.5GHz・40kmの固定回線へ実際の数値を通し、受信機の感度と比べて回線余裕を読むところまで進む。試験のA問題で最も出題頻度が高い形式のひとつが、まさにこの通し計算である。

第1章 無線回線の全体像 — 電力の旅を1本の線で見る

まず全体の地図を描く。無線回線の登場人物は6種類しかいない。高周波電力を作る送信機、送信機とアンテナ・アンテナと受信機をそれぞれつなぐ給電線、電力を電波として空間へ放つ送信アンテナ、電波が渡っていく空間、飛んできた電波を拾う受信アンテナ、そして拾った電力を受け取る受信機である。どんなに複雑に見える無線システムも、電力の通り道だけを抜き出せばこの一列に並ぶ。

増える段は2つだけ(アンテナ利得)。あとは減る一方送信機電力を作る受信機電力を使う給電線 −損失+Gt自由空間 −Lfs(桁違いに大きい)+Gr給電線 −損失電力の旅: Pt → −損失 → +Gt → −Lfs → +Gr → −損失 → PrdBで数えれば、回線全体はただの足し算と引き算になる
無線回線の全体像。送信機の電力は給電線を通ってアンテナへ渡り、電波として空間を伝わって、受信側で逆の順に受信機へ届く。各段は電力を増やすか(緑)減らすか(赤)のどちらかで、空間の減衰が桁違いに大きい。

この旅の各段は、電力を増やすか減らすかのどちらかである。増やす段は2つだけ——送信アンテナの利得と受信アンテナの利得。あとは減る一方で、給電線は数dB、そして空間は100dBを超えることが珍しくない。100dBとは電力が10¹⁰分の1、つまり100億分の1になるという意味である。1Wで送った電波が受信点では1万分の1µWのオーダーになっても、無線通信は平気で成立している。この桁違いの数を扱うために、無線の世界では電力を対数(dB)で数える。掛け算が足し算になり、桁の暴れが2桁程度の数字に収まるからだ(dBそのものの成り立ちは深掘り編「デシベルの基礎」が詳しい)。

dBで数えると決めた瞬間、回線全体はただの足し算と引き算になる。送信電力から出発して、利得を足し、損失を引いていけば、最後に残った値が受信電力である。これが回線設計(リンクバジェット)の骨格で、budgetという言葉のとおり、電力の収支決算にほかならない。

受信電力Pr[dBm]は、送信電力Pt[dBm]に送信アンテナ利得Gt[dBi]と受信アンテナ利得Gr[dBi]を足し、自由空間伝搬損失Lfs[dB]を引いたもの。給電線の損失がある場合はさらにその分を引く。この1本がフリスの伝達公式のdB形で、第2章から第4章で各項の中身を1つずつ組み立てる。

第2章 送信側 — 送信電力とアンテナ利得、EIRP

旅の出発点は送信機の出力電力Ptである。ワットで書くこともdBmで書くこともあり、換算の基準は1mW = 0dBm。1Wなら30dBm、10Wなら40dBmになる。送信機を出た電力は同軸ケーブルや導波管などの給電線を通ってアンテナへ向かうが、給電線は通すだけで数dBを熱として失う。この給電線損失は小さく見えて、受信電力にそのまま1dB対1dBで効くので、回線設計では必ず数に入れる。

アンテナに着いた電力は電波として空間へ放たれる。ここで大事なのは、アンテナは増幅器ではないということだ。アンテナ利得G=100倍(20dBi)と聞くと電力が100倍になるように聞こえるが、アンテナは受け取った電力以上のものを作れない。やっていることは電力の集中である。すべての方向へ等しく放射する仮想的な等方性アンテナを基準にして、特定の方向へ電力を寄せ集める。正面方向だけを見れば等方性の100倍の強さになるが、そのぶん他の方向はほとんど放射されない。ホースの先を指でつぶすと水は遠くまで飛ぶが、出ている水の量は変わらない——あれと同じである。

総電力は同じ。向きを選んで集中させただけ等方性アンテナ全方向へ等しく(基準)正面はG倍利得Gのアンテナ同じ電力を正面へ集中見かけの送信電力 EIRP = Pt × Gt(dBでは足し算)
アンテナ利得の意味。等方性アンテナ(左)は全方向へ等しく放射する。利得Gのアンテナ(右)は同じ電力を特定方向へ集中させ、その方向だけ等方性のG倍の強さで届く。総電力は変わらない。

受信側から見れば、「Pt[W]を利得Gtのアンテナで正面へ送る」ことと「Pt×Gt[W]を等方性アンテナで送る」ことは区別がつかない。この見かけの送信電力を等価等方輻射電力EIRPと呼ぶ。dBで書けば、ただの足し算である。

EIRPは等価等方輻射電力。真数ではPt[W]とアンテナ利得Gt(真数)の掛け算、dBではPt[dBm]とGt[dBi]の足し算になる。dBiの i は等方性(isotropic)基準という意味。送信機とアンテナの間に給電線損失Lf[dB]があるときは EIRP = Pt − Lf + Gt。

青空を背景にした携帯電話の基地局。細い鉄塔の上部だけに、平たい長方形のパネルアンテナが向きを変えて数枚ずつ取り付けられている。塔の下には日本の住宅と電柱が並ぶ。
送信点の実在の例。携帯電話基地局のパネルアンテナは、受け持ちの方角と俯角へ電力を集中させて放射する。アンテナが増幅するのではなく、向きを選んで電力を寄せているだけである。(生成AIによるイメージ。実在の設備を撮影したものではありません)

第3章 空間はなぜ減衰させるのか — 球面拡散と自由空間伝搬損失

旅の途中、電力が最も大きく減るのは空間である。ただし障害物のない自由空間は、電波を吸収しているわけではない。減るのは電波が薄まるからである。送信点から放たれた電力は、距離dだけ進むと半径dの球面いっぱいに広がっている。球の表面積は4πd²。同じ電力がどんどん広い面積に配られていくので、1m²あたりが受け持つ電力——電力束密度S——は距離の2乗に反比例して薄くなる。

同じ電力が広い面へ配られるから薄まる(吸収ではない)送信点(EIRP)距離 d面積A・密度S距離 2d面積4A・密度S/4dd距離2倍 → −6dB
球面拡散。送信点から距離dの球面に広がった電力は、距離2dでは4倍の面積に配られる。同じ窓が受け持つ電力は1/4(−6dB)。自由空間の減衰は吸収ではなく、この薄まりである。

Sは受信点の電力束密度[W/m²]。分子は送信側のEIRP(送信電力×送信アンテナ利得)、分母は半径d[m]の球の表面積。距離が2倍になると4πd²が4倍になるので、Sは1/4(−6dB)になる。距離10倍なら1/100(−20dB)。

この薄まりを「損失」という形にまとめたものが自由空間伝搬損失Lfsである。あとで第4章に出てくる受信側の実効面積がλ²に比例するため、損失には波長λも顔を出し、真数では(4πd/λ)²になる。試験ではこれをdBに直し、周波数をMHz、距離をkmで入れる次の形が定番である。

自由空間伝搬損失の定義と実用形。fはMHz、dはkmで代入し、波長はλ[m]=300/f[MHz]の試験用近似を使う。周波数も距離も20log(2乗)で効くので、どちらかが2倍になるたびに損失は6dB増え、10倍になるたびに20dB増える。

第4章 受信側 — アンテナは面積で電波を受け取る

受信点に届いたのは、薄まった電力束密度S[W/m²]である。ここから受信電力を取り出す受信アンテナの働きは、「面積」で考えるのがいちばん腑に落ちる。受信アンテナは空間に実効開口面積Ae[m²]という捕集面を差し出していて、そこを通り抜ける電力S×Aeを掬い取る。雨量計が開口の面積分の雨を受けるのと同じ図式である。

アンテナは「面積」で電波を掬い取る電力束密度 S [W/m²]面の外は素通り実効開口面積 Ae [m²]Ae = λ²Gr / 4π受信電力Pr = S × Ae
実効開口面積の考え方。受信点を流れる電力束密度S[W/m²]のうち、アンテナが差し出す実効開口面積Ae[m²]を通る分が受信電力Pr=S×Aeとして取り出せる。Aeは利得に比例し、λ²/4πが換算係数になる。

受信電力は電力束密度×実効開口面積。実効開口面積Aeは受信アンテナの利得Gr(真数)に比例し、係数はλ²/4π。同じ利得でも波長が長いほど捕集面は広い。パラボラアンテナなら実際の開口面積×開口効率がAeにあたる。

ここまでの部品を1本につなげてみる。受信電力は Pr = S×Ae = (PtGt/4πd²) × (λ²Gr/4π)。整理すると、送信と受信の利得が対称に並び、距離と波長が(λ/4πd)²という1つの因子にまとまる。これがフリスの伝達公式である。第1章で先取りしたdB形は、この式の両辺を対数にしただけのものだ。

フリスの伝達公式。真数形では送信電力に両アンテナの利得(真数)と(λ/4πd)²を掛ける。dB形では足し算引き算になり、(λ/4πd)²の逆数が第3章の自由空間伝搬損失Lfsそのものである。球面拡散と実効開口面積の2つの物理から、この式は暗記なしで組み立て直せる。

青空を背景に横から見た八木・宇田アンテナ。左端に格子状の反射器と、給電箱と同軸ケーブルの付いた輻射器があり、そこから右へ向かって十数本の素子が少しずつ短くなりながら並んでいる。背景には日本の瓦屋根の住宅が写っている。
受信点の実在の例。屋根の上の八木・宇田アンテナは、放送局の方向へ実効開口面積を差し出して電波を捕集している。素子を増やして利得を上げることは、捕集面を広げることと同じである。(生成AIによるイメージ。実在の設備を撮影したものではありません)

第5章 数値で1本通す — 7.5GHz・40kmの固定回線

部品が揃ったので、実際の数値で端から端まで歩いてみる。山の上の中継所どうしを結ぶ固定マイクロ波回線を模して、周波数f = 7500MHz(7.5GHz)、距離d = 40km、送信電力Pt = 30dBm(1W)、送受のパラボラアンテナ利得は各40dBi、給電線損失は送受各2dBとする。波長はλ = 300/7500 = 0.04m、つまり4cmである。

自由空間伝搬損失の計算。周波数の項が77.5dB、距離の項が32.0dB、定数32.45dBを足して約142.0dB。電力にして約10¹⁴分の1、つまり100兆分の1に薄まる。この桁を前にすると、アンテナ利得の40dB(1万倍)がどれほど大きな武器かも見えてくる。

増えるのは2回だけ。自由空間の−142.0dBが主役dBm+80+400-40-80送信電力+30給電線後+28EIRP+68受信点−74.0アンテナ後−34.0受信機入力−36.0−2+40−142.0+40−2受信機の感度 −70dBm回線余裕 34dBPr = 30 − 2 + 40 − 142.0 + 40 − 2 = −36.0dBm(7500MHz・40km)
7.5GHz・40km回線の電力レベルダイアグラム。送信電力+30dBmから給電線で−2、送信アンテナで+40してEIRP+68dBm。自由空間で−142.0落ち、受信アンテナで+40、給電線で−2して受信機入力は−36.0dBm。感度−70dBmとの差34dBが回線余裕になる。

通し計算はこうなる。送信機を出た+30dBmが、給電線で−2dBされて+28dBm。送信アンテナの+40dBiでEIRPは+68dBm。自由空間で−142.0dB薄まって、受信アンテナの位置では−74.0dBm相当。受信アンテナの+40dBiで−34.0dBm、給電線で−2dBされて、受信機の入力に届くのは−36.0dBmである。出発点から数えると66dB、電力にして約400万分の1になったが、これでも十分に強い信号である。

「十分に強い」と言えるのは、比べる相手がいるからだ。受信機には、これより弱いと正常に復調できないという下限——受信機の感度(最小受信電力)——がある。この回線の受信機の感度を−70dBmとすると、届いた−36.0dBmは下限より34dB上にいる。この差を回線余裕(マージン)と呼ぶ。

回線余裕Mは、実際に届く受信電力Prと受信機が要求する最小受信電力Pminの差。この余裕は飾りではなく、降雨減衰やフェージングで受信電力が変動したときに通信を守るための蓄えである。回線設計とは、必要な余裕が残るように各項を配分する作業だと言ってよい。

この通し計算の読みどころ

  • 増える段は2つだけ(送受アンテナの+40dBi)で、残りはすべて減る段である
  • 自由空間伝搬損失142.0dBが他のどの項よりも桁違いに大きい。回線の性格は距離と周波数でほぼ決まる
  • 給電線損失の−2dBは小さく見えるが、受信電力と回線余裕にそのまま1dB対1dBで効く
  • 余裕34dBは晴天時の値である。降雨やフェージングはここから削っていく(深掘り編「伝搬の特論」)

第6章 自由空間だけでは終わらない — ここから先の学び方

この講座で通した計算は、送受のアンテナが見通せて、間に何もない自由空間を仮定している。実際の電波は大地にも大気にも出会う。大地からの反射波が直接波と干渉すれば2波モデルの世界になり、山の稜線が経路を遮れば回折損失が加わる。大気の屈折率の揺らぎはフェージングを生み、短波なら電離層が電波を曲げて返す。つまり本講座の回線設計は、そこへ各現象の損失や変動を積み増していくための土台である。

第5章で確保した回線余裕34dBの意味も、ここで完成する。あの余裕は、これらの現象が受信電力を削りに来たときのための蓄えだった。どの現象がどれだけ削るのかを見積もる方法は、それぞれの教材と講座が受け持っている。

次に進む教材との対応

  • 自由空間伝搬損失の式を動かす → シミュレータ /freespace(無料)
  • 自由空間の電界強度とdBµV/m換算 → シミュレータ /field-strength
  • 開口面利得と開口効率η → シミュレータ /antenna-gain
  • 大地反射との干渉(2波モデル) → シミュレータ /two-ray
  • 山岳による回折損失 → シミュレータ /knife-edge
  • フェージング・ダクト・電離層の現象 → 深掘り編「伝搬の特論」
  • dBの計算技法そのもの → 深掘り編「デシベルの基礎」

第3章の自由空間伝搬損失 32.45 + 20log f + 20log d は自由空間伝搬損失の教材(無料)で、第4章の実効開口面積を裏づける開口面利得 G = η(πD/λ)² と開口効率ηはアンテナ利得の教材で、自由空間の電界強度とdBµV/m換算は電界強度の教材で、数値を動かしながら確かめられます。

通し計算を、自分の数値で再現する

第5章で使った自由空間伝搬損失 142.0dB(7500MHz・40km)は、自由空間伝搬損失の教材でそのまま再現できる。周波数と距離を動かして、2倍で+6dB・10倍で+20dBの効き方と、回線余裕がどう削られていくかを確かめてほしい。